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広島高等裁判所 昭和31年(ネ)219号 判決

控訴人(原告) 成宮惣五郎

被控訴人(被告) 広島国税局長

訴訟代理人 加藤宏 外六名

原審 広島地方昭和三〇年(行)第一五号(例集七巻六号145参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。本件を広島地方裁判所に差戻す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並に証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、(一)いわゆる基準日以後の個人所有の土地の譲渡の場合においては、その再評価額を基準として譲渡所得金額を決定すべきものであり、両者は不可分の関係にあると共に先ず再評価額が決定され、しかる後譲渡所得金額が決定さるべきものである。このことは所得税法第一〇条の四の規定にある如く、再評価額は譲渡所得の計算上の必要経費とみなされること及び税務署における実務に見るも譲渡所得の計算は所得税係の担当ではなく資産税係の再評価担当者が一切の処理をしてこれを所得税係に回付することになつている等のことより明かであつて、要するに資産再評価を前提とする譲渡所得については先ず再評価額が決定されなければならず、又再評価額に変更あれば自然譲渡所得金額は変更されるのである。されば若し判決により再評価額の決定の取消があれば税務署は職権を以て先ず再評価額を変更し、次いで譲渡所得金額を変更すべきである。依つて税務署が再評価法を適用すべき場合に適用せず、或は不当に低額な再評価額を決定したときは先ずその処分の取消を求めるのが順序であり、又当然許さるべきである。資産再評価法自体再評価額等の更正又は決定につき異議のある者はその取消変更の訴を提起し得ることを規定しているところであり換言せば資産再評価と譲渡所得金の決定は不可分の関係にあるもので、かゝる場合において税務署の決定した再評価額ひいては譲渡所得について不服のある納税者は再評価額の決定について争うことも又譲渡所得を含めた総所得額の決定について争うこともいずれも認められるものと云うべきであつて納税者としては二重に争う必要はなく何れか一方において争えば足り一方において変更があれば他方においては税務署が職権を以て変更すべきであるから本訴が訴の利益を有することは明かである。しかして本訴についての控訴人の具体的利益は、控訴人の本件土地の取得、譲渡の年月日、及びその各価額は原審で陳述したとおりでこれに資産再評価法の適用により再評価をするときはこれまた原審で述べた如く控訴人の支払うべき再評価税額は金三二三、五五〇円となり譲渡所得は零となる。しかるに廿日市税務署長は控訴人の本件土地の取得の時期を昭和二四年六月と誤認した上再評価を行つたため、控訴人は資産再評価税の支払の要はなくなつたけれども反面譲渡所得を五、六四〇、二〇〇円、所得税額を二、九九六、三五〇円とされ莫大な損失を被ることゝなるわけであつて、本訴請求が認容されるにおいては前記本件土地の譲渡に関しては右の如き高額の所得税は納付の要なく唯前記の三二三、五五〇円の資産再評価税を負担すれば足ることゝなるのである。なお被控訴人は廿日市税務署長及び被控訴人の資産再評価税の減額更正処分及び審査請求棄却処分は単に納税義務不存在確認の意味でなしたものであると云うけれども、右両処分は其の示す理由に明かな如く、本件不動産の取得時期が控訴人主張のとおりであると云う立証がないと云うことで為されたものであり、その立証があれば控訴人の主張を認め、ひいては控訴人の本件譲渡所得の減額処分を為す意図であつたものと思われる。そしてそのようにすることこそ税務署長として当然可能な又為すべき処置である。右の如く行政庁においてとにかく控訴人の異議に対し、その主張について審査した上証拠がないと云うことでその主張を認めていないのであり、控訴人としてはこれに対しその立証が為し得るものとして本訴に及んだのであるから裁判所は実質的審理を為すべきである、と述べ更に被控訴人の予備的主張に対し、被控訴人は控訴人の本件土地の譲渡所得金額が確定している。従つてその基礎となつたこれに対する再評価額も確定しているから、再評価額については争い得ないと云うけれども本件土地の再評価額が確定していないことは控訴人の縷陳のとおりであり又本件土地の譲渡所得金額が確定していても再評価額について変更処分があつたときは税務署長において職権を以て所得金額を変更すべきである。再評価額の決定について争がある場合譲渡所得について争うことも再評価額について争うことも出来るものであつて、控訴人としては再評価額について争つているものである。即ち再評価額に争があり、ひいては譲渡所得につき争がある場合はその何れかの一方につき争えば足るものである。なお控訴人が同人の昭和二六年度分の所得税についての訴外廿日市税務署長の課税処分について再調査請求し遂に訴訟にまで及んだ経過が被控訴人主張のとおりであることはこれを認める。と述べた。(立証省略)

被控訴代理人において、(一)先ず本件について、控訴人に対する昭和二六年度分の所得税課税状況並にこれに対する控訴人の異議又は出訴関係は次のとおりである。即ち控訴人は昭和二七年二月二七日訴外廿日市税務署長に対し同二六年度分の所得税確定申告を行つたがその内容は給与、配当所得合計三一九、八四七円であつた。そこで同税務署長は昭和二七年四月一五日これに対し更正処分をし、控訴人には右所得の外本件宅地の譲渡所得ありとして所得金を五、九六〇、〇四七円と決定した。控訴人は同年六月一六日右更正処分に対する再調査請求をしたが訴願期間経過の故を以て右請求は却下せられた。次で控訴人は同年六月三〇日被控訴人に対し前記譲渡所得の取消を内容とする審査請求をしたがこれまた棄却せられた。そこで控訴人は最後の手段として昭和二八年三月右審査決定の取消を求める訴を広島地方裁判所に提訴したが同三〇年一月一七日に至り、右訴を取下げた。右の如き経過であつて、若し控訴人主張の如く本件譲渡物件の取得時期が昭和二一年三月であり従つて資産再評価法の適用を受け譲渡所得は皆無であると本件宅地の譲渡当時考えていたものであるとすれば控訴人は右法律第四七条に基いて昭和二七年三月一五日までに廿日市税務署長に対し再評価申告を為すべきであつて、右期間は同法中のこれに関連する他の諸規定の法意に照し一種の不変期間と解すべきであつて、右法定の期間を遥かに経過した昭和二八年二月二八日に至つて漸く為した控訴人の資産再評価申告は不適法のものと云わざるを得ない。(二)右の如く控訴人は其の法定期間内に本件譲渡物件に対する資産再評価の申告を為さなかつたので訴外廿日市税務署長は控訴人に対する当該年度の所得税課税処分を行うにあたり資産再評価法第四七条に規定している譲渡物件については同法第九条により再評価額を算定した結果再評価税が課税さるべきか否かについて判断した上本件の譲渡物件については資産再評価税を課税すべきでないことが判明したので控訴人に対して譲渡所得について課税したものである。しかるに訴外廿日市税務署長が右物件に対する譲渡所得を所得税法の規定にもとづいて課税処分し、右処分に対する再調査請求及び審査請求について関係官庁においてそれぞれ前記の如き裁決が為された後に至り、廿日市税務署長に対し本件譲渡宅地についての再評価申告書を提出したものであつて、右物件の再評価額については既に判断し再評価税の納付義務の存在しないことが確認ずみであつたので、廿日市税務署長としてはこれを正当のものとして取扱うべき裁量の余地がないのにこれあるものゝ如き更正処分をしているがこれは控訴人が右申告によつて納付義務のない再評価税を誤つて納付することのないように改めて再評価税納付義務が不存在であることを確認する意味で減額更正処分を行つたものである。控訴人は之を不服として被控訴人に審査請求を行つたが右請求は棄却されたものであつて、以上の事実により判然としている如く前記再評価税の減額更正処分、並に審査決定はいずれも控訴人の租税債務(再評価税納付義務)不存在確認処分であり控訴人に対し何等不利益な行政処分ではないから本訴は訴の利益を缺く不適法な訴である。

若しかりに控訴人が主張しているように再評価申告が認容されゝば譲渡所得が軽減されると云う反射的利益があり、従つて本件において右再評価申告が認容されなかつたことによつて譲渡所得に対する納税義務が過重となつていると云う不利益を受けたものであるから再評価申告を取消した減額の更正処分、審査決定処分の取消を求め譲渡所得に対する所得税を軽減せしめると云う利益があると云うのであれば直接不利益処分となつた所得税法による課税処分の取消を求むべきである。(三)控訴人は廿日市税務署長並びに被控訴人の為した資産再評価申告の更正減額処分及び審査決定処分がいずれもあたかも事案の内容について判断しているような文言を使用しているからとて、控訴人の為した申告書が有効なものとして取扱われその内容について判断されているように主張しているが、原処分は、被控訴人が所得税更正処分の譲渡所得算出にあたり申告書記載の取得日と異る取得日をもつて既に譲渡所得の算定基礎とした旨を記載した上譲渡所得算出段階で被控訴人が既に判断した結果を明かにしたものでありその結果として控訴人に資産再評価税の納付義務不存在を控訴人に確認せしめると共に控訴人が不適法の申告書を提出し右申告書に基いて納税した場合その納税額の還付の方法としては右申告による納税額を控訴人に減額の更正手続を行つたものであり右更正処分を行うにあたり資産再評価法第六九条の規定に基いて理由を附したに過ぎない。又審査決定理由において審査決定処分が原処分に対する裁決処分であり原処分庁のなした処分の当否を判断したものでその理由も原処分が所得税の課税時において判断した結果を同法第七三条の規定により為したものでその理由も譲渡所得金額算定時において既に控訴人が本件物件を昭和二四年六月に取得したものであるとして既に算定済である旨を明かにしたものに過ぎない。従つて右の理由はいずれも控訴人が主張しているように期限経過後の申告書を期限内申告として取扱つて審理した上為されたものではない。と述べなお予備的主張として、控訴人は譲渡所得につき資産再評価法が適用される場合には再評価額を基準として譲渡所得金額が決定されるので両者が不可分の関係にあるからそのいずれの処分に対しても争い得るものであり、特に譲渡所得に関しては再評価額の確定が先であるから、再評価額についてのみ提訴することは許されるし又訴の利益があると主張するが若し仮りに控訴人主張の如く譲渡所得金額の決定にあたり、資産再評価法と所得税法とは表裏一体となるものと判断した場合においては控訴人が行つた再評価申告は法律上の効果を伴わない申告であると云うの外はなく、右申告に対する更正処分並に審査決定処分の取消を求める本訴は訴の利益を缺くものである。即ち控訴人の再評価申告は提出期限を経過した後に、所得税法上の所得金額が確定した後において提出されたものである。しかして被控訴人は控訴人に対し譲渡所得算出の際再評価の手続をすべきことが法律上義務づけられている資産再評価法第九条の規定に基いて再評価を行つて右譲渡物件の再評価額を算出した上譲渡所得金額を計算し右譲渡所得金額と給与所得金額を以て所得税の課税処分をしたものであり、所得税課税処分により租税債権、債務は最早確定しておるのであり、従つて確定の基礎となつた再評価額についても最早確定したことになるので確定後に提出した再評価申告は何等法律上の効果を伴うものではない。従つて法律上の効果のない再評価申告により控訴人が誤つて納税することのないように右再評価税の納税義務不存在を確認せしめる意味でなした減額更正処分並びに審査決定処分の取消を求める本訴はその利益を欠く不適法の訴であると述べた。(立証省略)

理由

先ず被控訴人の本件は訴の利益がないと云う本案前の主張の当否について判断するに、一般に行政処分に対する抗告訴訟によりその処分の違法を理由にその取消を求め得るものは当該処分により自己の権利又は法律上の利益を直接侵害されたものであることを要するものと解すべきところ、控訴人の取消を求める被控訴人の為した審査決定は、控訴人の主張によれば同人がその所有の広島市紙屋町三四番地宅地一二六坪九勺につき資産再評価法に基いて為した資産再評価申告に対し、その再評価額を減額し、再評価差額及び再評価税額を零とした廿日市税務署長の更正処分に対する控訴人の審査請求を棄却し右更正処分を維持したものと云うのであつて、右更正処分は控訴人の申告した再評価額を減額し、再評価差額を零とした結果間接的には、その所得金額或は所得税額には影響を及ぼすことありとするも右更正処分自体としては資産再評価税額を零としたもの即ち同税の納付義務の存在しないことを宣したに過ぎないものであつて右更正処分並びにこれを維持した被控訴人の審査決定によつては控訴人は直接には何等その権利乃至は法律上の利益を侵害されたものとは云えない。従つて控訴人は被控訴人の云う如くその為した前記審査決定の取消を訴求する法律上の利益を有しないものと云うの外はない。控訴人はその譲渡宅地につき申告どおりの再評価が為されるにおいては再評価税こそ三二万余円の納付を要するけれども反面これが譲渡所得は零となりこれについての所得税は皆無となる。即ち、両者は表裏一体を為し不可分の関係に在るものである、しかして本件宅地の譲渡所得を算出するに当つては先ずその再評価を為すべきものであるから若し本訴において控訴人の主張が認められるにおいては、被控訴人或は廿日市税務署長は本件宅地の譲渡所得を変更する義務を有するに至る関係にあるから本訴は訴の利益がある旨種々詳述主張するけれども、資産再評価法にいわゆる基準日(本件においては、昭和二五年一月一日)において個人の所有する土地につき、その以後に譲渡があつた場合においては、資産再評価法第九条により法律上当然に再評価が行われたものとみなされ、同条所定の算定方法に則つた再評価額を基準として該土地の譲渡所得金額が決定せらるべきものであつて、本件の譲渡所得金額決定についても前法条に従つて本件土地の再評価を行つたこと自体については控訴人も争わないところ(本件土地の取得時期について争があり、従つて再評価を為すについての算定標準については両者の主張が相違する)であるから本件譲渡宅地について訴外廿日市税務署長が不当に低廉な再評価を行い、従つてそれによつて不当な譲渡所得金額を含む総所得金額の決定処分が為されたと云うのであれば、控訴人の本件訴提起の目的が本訴に於て勝訴判決を得た上同人の昭和二六年度の総所得金額の大幅減額を受けることにある以上、本件訴訟がたとい本件土地の再評価額等の決定処分を取消すことにより当該行政庁を拘束しその結果反射的に同人の当該年度の所得税額の訂正を受ける間接的利益がありとするも、かゝる迂遠の方途に俟たずとも直截的に本件当事者の法律的不安を除去し、紛争を解決する最も適切有効の手段としては直接に不利益を受けた控訴人の右土地の譲渡所得を含む当該年度の総所得金額の決定処分を違法として争うべきであつて、(現に控訴人は右所得金額の決定処分を違法として遂に訴訟を提起し中途この訴を取下げたことは控訴人自身これを認めるところである)本件のような場合にたゞ控訴人主張の如き再評価額と譲渡所得金額の決定の不可分性等の理由のみを以て、単に再評価税を徴収するための前提として為された前記再評価等の減額更正処分により直接に控訴人の権利乃至法律上の利益を侵害せられたものと云うことはできないから、結局控訴人の本訴はその利益を欠く不適法のものと謂うの外はない。

よつて控訴人の本訴は不適法として却下するの外なく、これと同旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に則り之を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条第八九条をそれぞれ適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 林歓一 牛尾守三)

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